No.211 売上は『ありがとう』の大きさ、なんかじゃねぇ


こんにちは。
北千住のセミパーソナルスタジオSALUSの光次です。

よく、商売の世界では、

「売上は『ありがとう』の大きさです」みたいな言葉がありますよね。

おそらく、この言葉の背景には「売上は商品やサービスの対価である」という考えからきているように思えるんですが、

昔はそんな言葉に大きく頷いていた時もあリました。

でも、いつしかその言葉に、疑問を抱くようになってきていました。

本当にそうだっけ?と。

確かにこの言葉や思想はとても美しい。だから、このような言葉好き好んで使う人もいるでしょう。

でも、現実は多分違う。だって、お金を払うときというのは、まだその商品やサービスの価値を体験しているわけではないから。

誰だって、お金を払ったことを後悔する場面は少なからずあるはず。

たとえ注文した商品が口に合わなかったとしても、お金は支払わなければなりません。

通販で購入した商品が、自分の期待に沿う効果を発揮しなかったとしても、代金は支払わなければなりません。

果たして、ここに「ありがとう」は存在するのでしょうか。

明らかな詐欺商品でなくとも、世の中には詐欺まがいな商品もたくさんあります。

また、フィットネスクラブのように最初の3ヶ月間の月会費を安売りし、その後8ヶ月もの契約を縛る場合、

本当の意味で、どれくらいの人が「ありがとう」と感じて月会費を支払っているのでしょうか。

本当は「今すぐにでも解約したい」と考える人が、契約の縛りや「解約手続きが面倒」という理由で月会費が支払われているのではないでしょうか。


もしそうだとしたら、売上とは「ありがとうの総和」ではなく、「期待値の総和」なのかもしれません。

人は、「これなら変われるかもしれない」「ここなら続けられるかもしれない」そんな“未来への期待”に対して、お金を払っている。

つまり、まだ起きていない未来に対して、先にお金を預けているわけです。

だからこそ、その期待が裏切られたとき、人は静かに離れていきます。

そして、怖いのは、その人が何も言わずに去っていくことです。

クレームになるうちは、まだいい。
本当に問題なのは、「何も言わずに来なくなること」。

そこには「ありがとう」どころか、失望すら言葉にされないまま、関係が終わっています。

だから私たちは、

「売上はありがとうの総和」という言葉を、そのまま使うことに違和感を感じています。

むしろ本質は逆で、

売上とは、“ありがとうに変わる前の期待”であり、その期待を「ありがとう」に変えられるかどうかが、本当の仕事なんじゃないかと思うんです。

だからSALUSでは、

・契約で縛ること
・解約しづらくすること
・通わなくても利益が出る仕組みを作ること

こういったことは、一切やりません。

なぜなら、それは「期待」を裏切る行為だからです。

僕たちが目指しているのは、“お金を払ったから通う”場所ではなく、“通いたくなるから続く”場所です。

そして、

「払ったから仕方なく通う」のではなく、
「払ってよかった」と思える時間を積み重ねること。

その結果として、はじめて、売上が「ありがとう」に変わる。

そう考えています。

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